コンラート・アデナウアー

1876年1月5日生 1967年4月19日没

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コンラート・アデナウアーは、第二次世界大戦後、ドイツ連邦共和国が創立当時の初代首相です。彼が首相(1947年~1962年)として残した国家の基盤は、今でも現代ドイツ連邦共和国の内政の骨格をなし、外交上の指針となっています。.

ドイツ連邦共和国が戦後、西側民主主義国に属したことも、欧州統合事業も独仏和解の成立も、すべてアデナウアーの名と密接に結びついています。首相として就任直後、アデナウアーはドイツ国民を代表し、「二度と戻ることのない何百万人もの命を抹殺されてしまわれたユダヤ人に対して犯された罪をできる限り償いたい」と述べました。

戦後の西ドイツの復興、戦後処理負担の克服、社会市場経済への決意、そして多くの幅広く浸透している社会政策上の決定がアデナウアー首相時代に下されました。

ドイツキリスト教民主同盟党、CDUは、1945年、戦後の民主主義の黎明期において他の多くの政党と共に創立され、「首相の政党」としてアデナウアーと共にドイツ20世紀史上最も成功をおさめる政党に成長しました。