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イベントの報告

アジアにおける労働流動性とグローバル・ヘルス・ガバナンス

ウイルスによる感染症は過去にもアジア大陸に影響を及ぼしてきたが、新型コロナウイルス感染症(コロナ)のパンデミックは同地域に未曽有の影響をもたらしている。渡航やビジネス関係の混乱により、同地域におけるグローバル・ヘルス・ガバナンスと国際労働力移動の脆弱性が浮き彫りになった。世界的な保健機関としての世界保健機関(WHO)の役割に対する圧力が高まり、国際公衆衛生が世界の大国間の激しい論争の場となる中、アジア地域にはパンデミックにおける明確かつ効果的なリーダーシップが存在しなかった。その結果、人々の健康安全保障が移民労働者への依存度が高い地域において国境を越えた問題となっているにもかかわらず、アジア各国はそれぞれ異なる形でコロナに対処してきた。現在の政策はこの規模のパンデミックを想定して策定されていないため、その欠陥が明らかになりつつある。

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本会議「アジアにおける労働流動性とグローバル・ヘルス・ガバナンス」では、「コロナのパンデミック期のアジアにおける公衆衛生:グローバル・ヘルス・ガバナンス、移民労働者と国際保健危機(Public Health in Asia during the COVID-19 Pandemic: Global Health Governance, Migrant Labour, and International Health Crises)」の著者と経験豊富な専門家がこれらの問題について議論し、その中で公衆衛生危機の最中におけるアジアのグローバル・ヘルス・ガバナンスと国際労働力移動の進展について検討した。具体的にはアジア諸国による政策調整を通じたコロナへの対処、正当性への影響、人々の意識の変化について検討した。本会議の目標は、そのような議論を通じ、コロナのパンデミックの長期的影響を説明し、将来同様の災害を防ぐために行うべきことについて議論することであった。

本会議は、2021年11月4日、コンラート・アデナウアー・シュティフトゥング(KAS)、ライデンアジアセンター(LAC)、大阪大学大学院国際公共政策研究科IAFOR研究センター(IRC)の共催により開催された。会議に合わせて、KAS、LACとIRCは、公衆衛生危機の最中におけるアジアのグローバル・ヘルス・ガバナンスと国際労働力移動の進展について検討したオープンアクセスの書籍を刊行中である。

ライデンアジアセンター(ライデン大学)のフローリアン・シュナイダー所長とKASアジア経済政策プログラム(SOPAS)シニアプログラムマネージャーのクリスティタ・マリー・ペレズが本会議の冒頭発言を行った。両者は、タイムリーな問題について研究し、得られた知見を人々に広く共有することが重要だと強調した。また、パンデミックの対応にあたり、各国は社会の中で非常に脆弱なセクターに属する移民に対し関心を払う必要があることを提起するとともに、本会議と近刊書が現状への理解を深め、より良い将来に向けた取り組みの後押しとなることを期待しつつ冒頭発言を締めくくった。

基調講演は大阪大学大学院国際公共政策研究科の野俊也教授(前在ニューヨーク国際連合日本政府代表部大使・次席常駐代表)が行った。星野氏は、人間の安全保障について「深刻かつ広範な脅威や事態から全ての人々の生命を守り、人々の自由と可能性を実現すること」と定義し、コロナのパンデミックは人間の安全保障の危機であると評した。星野氏は、危機の間は連帯が最も必要であるにもかかわらず、大国間の対立により国連の信頼性が損なわれていると主張し、「誰もが安全でない限り、誰も安全でない」という言葉に表されるように、強固なユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)システムの根幹に公平性を据えるべきであり、このシステムには移民労働者を含む全ての当事者を関与させるべきであると強調した。多様性がありダイナミックな地域であるアジアは、UHCの理念の下、保健分野のレジリエンス(強靱性)を構築し、より良いグローバル・ヘルス・ガバナンスを実現する上でふさわしい出発点となり得るという見通しを示して基調講演を締めくくった。

第1部のパネルディスカッション「コロナとアジアにおける労働流動性と保健の将来」では、コロナが同地域における労働流動性の将来をどのように変化させ、形作ったのかについて検討した。本パネルディスカッションには以下の専門家が参加した。

  • 藍佩嘉 国立台湾大学(台湾)社会学系特別教授兼アジア社会比較研究センター主任
  • ガブリエレ・フォークト ミュンヘン・ルートヴィヒ=マクシミリアン大学(ドイツ)日本学科教授兼アジア研究科長
  • シャバリナス・ナイール 国際労働機関(ILO)ディーセント・ワーク技術支援チーム(DWT)労働力移動専門家

モデレーターはオランダ放送協会(NOS)中国特派員のシュールト・デン・ダース氏が務めた。パネリストは主に台湾、日本、南アジアにおける移民労働者の状況に関する事例研究について発表した。本パネルディスカッションの概要は以下の通りである。

移民労働者の主な動機は、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を探すことである。移民労働者にとってディーセント・ワークとは次の側面がある。(1)社会的保護、(2)生産的な雇用、(3)移民の権利を十分にカバーする労働基準、(4)このテーマに関する継続的な社会的対話。

移民の送り出し国・受け入れ国の双方で水際対策が講じられた。水際での制限措置は移動に大きな混乱をもたらし、一部の受け入れ国で労働力が不足したほか、国外でディーセント・ワークを求める労働者を危険にさらした。

移民労働者は相対的に高い感染リスクにさらされていることが多く、最も脆弱な立場に置かれた人々である。移民労働者は寮で密集して暮らしているため、互いに距離を取ったり、衛生基準を満たしたりできなかった事例があった。移民労働者は低賃金の仕事に就くことが多く、貯蓄がないことも事実である。移民労働者の多くは、言語の障壁や在留資格の期限切れにより政府からの支援金を受け取るのに苦労した。在留資格が切れたのは、国際移動の手段に混乱が生じたことが原因である。

コロナ危機は、既存の社会問題を悪化させ、外国人労働者制度や、社会的疎外と不平等をもたらす出入国制度の不公正を浮き彫りにした。今こそ移民労働者の採用と雇用を巡る現行制度を改革し、軽視されている労働・生活条件を改善するときである。

これらは国境を越えた問題であるため、国際協力を通じて対応すべきである。送り出し国と受け入れ国との間における適切な二国間合意がない限り、これらの問題に関する国際的な協議が行われることはない。

第2部の円卓会議「我々はこれからどうすべきか?アジアにおいてコロナが及ぼすグローバル・ヘルス・ガバナンスヘの影響」は、パンデミックがもたらした意図的な変化と意図しない結果の両面からグローバル・ヘルス・ガバナンスの進展に関する視座を提供した。本円卓会議には以下の専門家が参加した。

  • ジェローム・キム 国際ワクチン研究所(韓国)事務総長
  • レムコ・ファン・デ・パス アントワープ熱帯医学研究所(ベルギー)グローバル保健政策シニア・リサーチフェロー、クリンゲンダール研究所研究員、マーストリヒト大学研究員、パリ政治学院国際問題大学院(PSIA)講師(保健のグローバル化)
  • ニコラス・トーマス 香港城市大学(香港)アジア・国際学系准教授

本円卓会議のモデレーターはグリフィス大学(オーストラリア)政府国際関係学部のサラ・デービス教授が務めた。本円卓会議の概要は以下の通りである。

パンデミックにより、優先課題の競合が浮き彫りになった。保健、経済、政治、社会的要請があり、指導者は異なる方向を向いていた。真の優先課題を体系的に特定し、対処しなければならない。

WHOはルール作りの機関として重要な役割を果たしており、ワクチンの承認と規制にも多大な貢献を果たしている。しかし、構造的な問題により、各国を結束させ、世界的危機に対して一貫性があり、包括的かつ効果的な対応を取ることができていない。WHOがリーダーシップを発揮できていないことは、ある程度、各国が共通の目標に向けて協力し合えていないと解釈することができる。

ワクチンの公平性とアクセスは依然として核心的な問題である。ワクチンの取得・分配には国際的なメカニズムが存在する。COVAXイニシアチブを優先すべきであり、ワクチンの分配を促進してきた個別の政治的決定はパンデミックの対応として最善の方法ではない。

ワクチン忌避は、宗教的・文化的規範に基づいた問題である。効果的なヘルスコミュニケーションによりこの事象に対処することができる。科学がこのプロセスを主導できるようにするべきである。

ワクチンは公衆衛生上の結果を改善する数多くのツールの一つであり、コロナを克服するための他の公衆衛生上の手段と併用すべきである。

閉会の挨拶は、ライデン大学(オランダ)講師(中東経済)兼現代オリエントセンター(ZMO、ドイツ)客員リサーチフェローのクリスタル・A・エニス氏が行った。エニス氏は次のように指摘した。労働搾取が、特に一時的な労働力移動において拡大し、世界的な現象になっている。ウイルスの流行と相まって、多くの移民労働者は法的・経済的・保健的・社会的に放置されている。コロナのパンデミックにより、移民のグローバル化と保健のグローバル化は絡み合っており、脆弱性が高まっていることが明らかになった。移民労働者はウイルスの流行だけでなく、現行の医療制度、出入国制度や不平等な消費・成長主導型の世界によって脆弱な立場に置かれている。エニス氏はまた次のように指摘した。今回の危機により、移民の流動性は一層政治問題化し、規制が強化された。移民コミュニティーが感染の温床と見なされている国々では、受け入れ社会における移民労働者の流動性に対する監視と規制がより正当なものと考えられるようになった。最後にエニス氏は、労働市場、福祉の提供と公衆衛生が相互依存的な関係にあることを踏まえれば、社会の不平等は公衆衛生上の問題である点を強調し、本会議を締めくくった。

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担当者

ペレズ・ クリスティタ・マリー

Cristita Marie Perez KAS

シニアプログラムマネージャー、アジア経済政策プログラム (SOPAS)

cristita.perez@kas.de +81 3 6426 5041

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このシリーズについて

コンラート・アデナウアー財団と財団所有の教育機関、教育センターと国外事務所は、さまざまなテーマについて毎年何千ものイベントを開催しています。その中から選ばれた会議、イベント、シンポジウムについては、直近の特別レポートをwww.kas.deで紹介しています。内容の要約のほか、写真、講演原稿、録画や録音などの付属資料があります。

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