軍事クーデターから4年目のミャンマーの状況
2021年2月1日、ミャンマー国軍(タッマドー/「栄光」を意味する王朝時代から続く軍の呼称であるが、現在の国軍は自称である)は、その前年2020年11月の総選挙で圧倒的勝利を収めた国民民主連盟(National League for Democracy: NLD)を率いるアウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi :ASSK)国家顧問の民主的に選出された政府に対して軍事クーデターを起こした。国会の初会合が予定されていたその日、アウン・サン・スー・チー国家顧問、ウィン・ミン(Win Myint)大統領、並びに多数の高位議員が拘束され、非常事態が発令されるとともに、インターネット通信が遮断された。その直後、国軍は「平和と秩序」の回復を標榜し、国家行政評議会(State Administration Council: SAC)を設立した。
軍による政権掌握は、当初、ミャンマー各地で大規模な平和的抗議行動(「市民的不服従運動」Civil disobedience movement)を引き起こしたが、これらは治安部隊によって次第に残忍さを増しながら鎮圧された。軍事政権は、大量殺戮、恣意的拘束、拷問、性的暴力、その他の虐待行為を行っており、これらはいずれも人道に対する罪に該当する。さらに、30年以上にわたり執行が停止されていた死刑が、簡易的かつ形骸化した裁判を経て有罪とされた4名の男性に対して再び執行された。国連人権理事会(UNHRC)が設置した「ミャンマーでの国際法違反を調査する独立調査メカニズム/Independent Investigative Mechanism for Myanmar(IIMM)」のニコラス・クムジャン(Nicholas Koumjian)代表は、2024年8月、「ミャンマー軍は、憂慮すべき規模で戦争犯罪および人道に対する罪を犯している」と声明を発表した。[i] 村々が焼き払われた写真や報道は珍しくなく、特に2022年10月にカチン州で発生した集会への空爆では、100人を超える民間人が殺害されており(パカンHpakantの虐殺)、民間人を標的とした空爆や攻撃は後を絶たない。クムジャン代表によると、この1年間で空爆は大幅に増加しているとのことである。[ii] 上述の国連ミャンマー独立調査メカニズム(IIMM)によると、過去6か月だけで、推定300万人を超える人々が故郷を追われ避難生活を余儀なくされている。[iii] 国連人権高等弁務官(United Nations High Commissioner for Human Rights: OHCHR)フォルカー・トゥルク(Volker Türk)氏は、ミャンマーの状況を「終わりのない悪夢」と表現した。[iv] 独立した支援組織である政治犯支援協会(Assistance Association for Political Prisoners)によれば、2024年10月23日時点で、軍によって殺害された人々の数は5,871人に達し、さらに27,569人が拘束されているとされる。もっとも、他の推計ではこれを大きく上回る数値が示されている。[v]
加えて、国家行政評議会(State Administration Council:SAC)が2024年2月初旬に施行した徴兵法(対象年齢:男性18~35歳、女性18~27歳)により、市民生活への負担は一層深刻化している。同法は、ミャンマー全土の専門人材や有能な若者の周辺諸国への流出を顕著に拡大させた。世界銀行の最新報告書が指摘するように、経済状況はさらに悪化する見通しで[vi]、2015年以降、国民民主連盟(NLD)による民主的な政権のもとで進められた国の開放期に達成された経済的・社会的進歩の多くは失われ、現在では人口の約半数が貧困ライン以下の生活を余儀なくされている。[vii]
数十年にわたる軍事政権
ミャンマー国民、特に国境地域の少数民族が、軍による支配と残虐行為に苦しむのは、今回が初めてではない。1962年の軍事クーデターによりネ・ウィン将軍(General Ne Win)が権力を掌握した後、ミャンマーは半世紀以上の長きにわたり「閉ざされた国」となった。後に続いた軍事独裁者たちもみな鉄の支配によって国を統治した。1988年や2007年に見られたような、より大きな政治参加、民主化、透明性を求める平和的な抗議運動は血なまぐさい弾圧によって鎮圧され、1990年の国民民主連盟(NLD)の勝利のように、軍が支援する政党が選挙で惨敗しても、その敗北は認められず、アウンサンスーチー(ASSK)のような反体制派は当時から自宅軟禁状態に置かれていた。
2005年、軍事政権は首都をヤンゴンからネピドーに移し、その3年後に憲法を改正して、国防、国境管理、内務の3つの省を軍の統制下においた。また、タッマドー(ミャンマー国軍)は上院と下院の議席の25%を恒久的に確保しており、これは同時に憲法改正に対する拒否権(阻止的少数)を意味する。2008年に制定されたミャンマー憲法は、多くの少数民族の政治参加を大幅に制限しており、議会や省庁といった国家機関から彼らを締め出す結果となっている。
ミャンマーで最も大きな民族グループはバマー(Bamar)族で、人口の約 69% を占め、主に中心部に居住している。一方、チン(Chin)族、モン(Mon)族、シャン(Shan)族、カチン(Kachin)族、カレン(Karen)族などの少数民族は、主にバングラデシュ、インド、中国、タイとの国境地域に暮らしている。因みに、しばしば「民族州」という言葉を耳にするが、これは国全体では少数派である特定の民族が、それぞれの州において支配的な立場を占めていることを指している。
2011年に、長い軍歴を持つテイン・セイン(Thein Sein)氏が名目上の文民大統領に任命されたことをきっかけに、ミャンマーは徐々に開放され、2015年には自由で公正な選挙が実施され、国民民主連盟(NLD)が総選挙で勝利した。NLDが率いるアウン・サン・スー・チー国家顧問の政権下では、パンロン平和会議の枠組みにおける国民和解が最優先との理解から、少数民族の武装組織とタッマドー(ミャンマー国軍)を交渉の席につかせ、全国規模の停戦合意の締結を促すとともに、より分権化され、公正なミャンマーの実現に向けた展望を議論することを目指した。こういった目標は、現在の議論においても再び重要な役割を果たしている。
ミャンマ―の少数民族は、国家の独立以来、強制的な同化政策である「ビルマ化」(Burmanization)政策を推し進めてきた歴代の独裁者たちから、自らとそのアイデンティティを守るため、幾度となく軍に対して反旗を翻してきた。ビルマ化政策は、各民族の歴史、言語、文化を教えることを禁じ、果ては軍事攻撃、人権侵害、民間人に対する残虐行為にまで及んだ。[viii] タッマドー(ミャンマー国軍)は、少数民族の自決や分離独立を求める動きを無視し、軍事力によって国家の「統一」を強制しようとした。軍は現在に至るまで、自らを国家分裂を防ぐ使命を負った「統一の守護者」と見なしている。
広範な反軍連合
2021年の新たなクーデター直後、連邦議会代表委員会(Committee Representing Pyidaungsu Hluttaw:CRPH)により、2020年の選挙結果に基づいて正当性を与えられたミャンマー国民統一政府(National Unity Government:NUG)が暫定的に設立された。ミャンマー国民統一政府(NUG)は、クーデターによって権力を奪われたNLD所属議員やその他の国会議員から構成されており、現在は亡命政府として活動している。政治面で、NUGはカチン独立機構(Kachin Independence Organization:KIO)、カレン民族同盟(Karen National Union:KNU)、カレンニー民族進歩党(Karenni National Progressive Party:KNPP)、チン民族戦線(Chin National Front:CNF)といった少数民族組織と緊密に連携しており、これらはそれぞれの頭文字をとってK3Cと総称される。こういった連携は、NUGの軍事組織として人民防衛軍(PDF)が活動するなど、軍事的領域にも次第に拡大している。
ここで重要なのは、抵抗運動が、バマー族と少数民族の両方を含む、社会の幅広い層に及んでいることである。「広範な反軍事政権(反ジュンタ)運動は、2020年の選挙結果の回復を求める要求から、ミャンマーの国家と社会の関係を根本的に変革することを目指す、急進的で交差的(インターセクショナル)な春の革命へと発展した」[ix] ほぼすべての抵抗組織は、軍がミャンマーの人々にとって脅威であり、国のより良い未来を妨げる存在であるという理解で一致している。[x] ミャンマーの軍は極めて不人気であり、軍の関係者の仲間や家族、関連企業を除けば、圧倒的多数の人々から国家の敵と見なされている。
2024年時点の「国家の敵」である軍の内部状況
少数民族組織や人民防衛軍(PDF)といった武装した抵抗勢力は、ここ最近、その専門性を高めている。特に、2023年10月に、強力なスリー・ブラザーフッド・アライアンス(Three Brotherhood Alliance:3つの民族武装組織から成る)が、北部のシャン州で行った大規模な反攻作戦(1027作戦)は、大きな成功をおさめ、以来、軍への圧力は高まっている。中国との国境に位置するラウカイ(Laukkaing)市は、賭博、売春、オンライン詐欺の拠点として有名で、これまで軍事政権にとって重要な外貨獲得源となっていたが、これが制圧された。2024年4月、ドローンがミャンマーの軍事拠点であり首都でもあるネピドー(Naypyidaw)を史上初めて攻撃した。[xi] 2024年8月にはスリー・ブラザーフッド・アライアンスの一角を成すミャンマー民族民主同盟軍(Myanmar National Democratic Alliance Army :MNDAA)が、同じくシャン州にある北部の都市ラシオ(Lashio)を占領下に収めた。ラシオは、中国への重要な交易拠点であり、ミャンマー国軍の地域司令部も置かれている。2024年10月、チン(Chin)州、カレンニー(Karenni)州、シャン(Shan)州、ラカイン(Rakhine)州、カチン(Kachin)州、カレン(Karen)州の53都市が反体制勢力の支配下に入った。[xii] 国軍に対するこうした勝利は、ミャンマーの歴史上、前例のないものである。国境地帯の支配を失うことは、ミャンマー国軍がインド、中国、タイへと通じる重要な交易ルートへのアクセスを失う、あるいは著しく制限されることも意味する。これらの地域、とりわけ北東部では、麻薬の栽培や、木材、翡翠、武器の違法取引が盛んに行われている。
軍事政権は、ヤンゴン(Yangon)やマンダレー(Mandalay)などの大都市を含む、人口が多く経済的に重要な中心地を引き続き支配しているものの、思いもよらない新しい課題に直面している。報告によれば軍内部からの離反者や投降が確認されている。[xiii] 2024年8月には、国軍の司令官が部下である将軍たちによって失脚させられたという噂が流れ[xiv]、歴史的な低水準にあるとされる軍の士気の低さを浮き彫りにした。このような状況の中で、若者が強制的に軍隊に徴兵される事態が生じているのだ。[xv] 軍の人的資源は枯渇しており、部隊の交代や再配置を行うことも、3年半に及ぶ複数戦線での戦闘の末に失った領土を奪還することもできない状況にある。[xvi]
軍事政権は、唯一の国家主体として、対外的に公式に国を代表するため、国際的な承認を得ようと必死になっている。北朝鮮、ロシア、中国を除けば、この国は依然として完全に国際社会から切り離されている。ロシアのウクライナ侵攻により、ロシアの軍事物資も他国向けに回らなくなっており、その結果、ミャンマーに供給できる軍事装備の総量が減少している。しかし、ワシントン・ポスト紙の最近の記事によれば、反政府勢力の進攻は近頃、ロシアから供与された高性能ドローンを軍が使用することで、次第に食い止められるようになっているという。[xvii]代替手段や外貨が不足し、厳しい国際制裁に直面する中で、ミャンマーの将軍たちは現在、武器を購入するために北朝鮮へと接近している。こうした状況にもかかわらず、軍事政権が間もなく崩壊するとの予測は時期尚早であり、誤解を招くものである。というのも、タッマドー(ミャンマー国軍)は依然として多数の兵士を抱え、軍事的優位性を維持しており、さらに階層全体に恐怖の空気が浸透しているからである。
ミャンマーに対する地域的な解決策はあるか?
クーデターから数か月後の2021年4月、東南アジア諸国連合(ASEAN)とミャンマー軍事政権は、いわゆる「5項目合意」で合意に達した。ミャンマーは10ヵ国からなるASEANの加盟国のひとつであるため、EU、米国、および近隣諸国は、ASEANが紛争解決の中心となり、これを主導することを期待している。
「合意」には、国内での暴力の即時停止、すべての当事者間の対話、特使の任命、ASEANによる人道支援、そしてあらゆる当事者と協議するため特使がミャンマーに派遣されることなどが盛り込まれた。しかし、そのわずか2日後、軍は「ASEANの提案については、状況が安定したら検討する」とし、「法と秩序の回復」を優先すると発表した。[xviii] そして、2021年10月、軍事政権は、ASEANのミャンマー特使がアウン・サン・スー・チー(ASSK)氏やその他の民主的に選ばれた正当な政府の拘束中メンバーと面会することを拒否した。これは特使訪問の前提条件であったため、結果として特使の訪問は中止された。[xix]
インドネシアを議長国として招き2023年9月に開催された待望のASEAN首脳会議[xx]では、最終声明の一節について合意に達したものの、クーデター以降、ASEANはミャンマーへの対応において実質的な進展を達成することができていない。
2024年はラオスが議長国を務めたため、この地域主導による解決への期待は近年低下していた。というのも、ラオスは、カンボジアの手法を主に踏襲し、沈黙の外交を貫いて、ミャンマ―国軍の将軍たちと交渉を行ってきたからである。さらに驚くことに、ラオスは2021年にASEANがミャンマーに対して政治代表の派遣を禁じて以降はじめて、ASEANの議長国であるにもかかわらず、軍と結びついたミャンマー外務省の高官を招待したのである。[xxi]
ASEANの首脳たちは、ミャンマー危機への対応をめぐっていまだに意見がばらばらである。その主な理由として、ASEAN内部の政治体制が、インドネシアのような民主主義国家から、カンボジアのような専制主義国家、ブルネイのような保守的な君主制まで多岐にわたることや、ネピドーの将軍たちとの歴史的な結びつき(注:ネピドーはミャンマーの首都。ここではミャンマーの軍事政権との数十年にわたる公式・非公式の関係のことを指す)が挙げられる。2021年には、カンボジアのフン・セン(Hun Sen)元首相が軍事政権を訪問し、2014年のクーデターで政権を掌握したタイのプラユット・ジャンオーチャー(Prayut Chan-o-cha)元首相も軍事政権と関係を維持した。これに対し、インドネシアやマレーシアは、軍事政権に対してより厳格かつ断固とした姿勢を取るべきだとして、強く反発した。2024年8月にタイでぺートンターン・シナワット(Paetongtarn Shinawatra)氏が首相に就任し、5月にはローレンス・ウォン(Lawrence Wong)首相がシンガポールで政権交代を果たしたことから、水面下では新たな動きへの期待も高まったが、結果的にそうした期待が実現することはなかった。
ミャンマー問題は、ASEAN首脳会議や外相会議において、「結束」を示し先に進めるため常に主要議題として取り上げられてきたが、ASEAN内で突破口が開ける可能性は極めて低いと思われる。2023年のインドネシア議長国下で採択された共同声明は、ASEANがミャンマーの「内部危機」を解決できないことをすでに示唆しており、外部支援を招くべき時が来ていることを認めていた。この流れは、12月中旬にタイがミャンマーに関するASEAN閣僚レベルの非公式協議を推進することで具体的になりつつあり、この枠組みはインドや中国などといった近隣諸国にも開放される可能性がある。とりわけ中国は、国境地帯の少数民族武装組織や首都の将軍たちとの長年にわたる関係を背景に、ミャンマーの内政に対して大きな影響力を有している。[xxii]
マレーシアは、2025年のASEAN議長国として、2021年のクーデター以来、ミャンマーの危機に向き合う5番目の国となる。[xxiii] これまで外交政策に強い関心を示してきたマレーシアのアンワル・イブラヒム(Anwar Ibrahim)首相が、ミャンマーの紛争について改めて言及することが期待されるが、全会一致を原則とするASEANの意思決定構造の下では、単一の国が果たせる役割には限界がある。
今後の見通し
すでに述べたように、少数民族が居住する州における軍事的な勝利や、紛争当事者間の対話が行われていない状況を背景に、反体制的な少数民族組織の多くは、自らが支配する地域に事実上の国家を設立しようとしており、すでに暫定的な準備を始めている。前述の通り、国内の北部、北東部、東部のいくつかの州では、ミャンマー独立以来、軍事支配に対して激しい抵抗が続けられ、自己決定権やより大きな自治を求める闘争が展開されてきた。事実上の独立という目標は、これまで以上に現実的なものとなっているようだ。これらの州は、自らが支配する地域において、治安、教育、医療などの基本的な行政サービスを提供している。例えば、シャン(Shan)州やコーカン(Kokang)自治地域では、長年にわたり中央政府と自治組織が並行した構造を形成してきた。カレン民族同盟(KNU)の支配地域は、軍事クーデター以降、大幅に拡大している。多数の少数民族武装組織が、今後も人民防衛隊(PDF)と共に武装抵抗を続け、相互に対立・矛盾する要求を克服することができれば、ミャンマーにおける軍事支配の終焉に大きく貢献し得るだろう。
現在、ミャンマーの一部の少数民族グループは、より大きな自治、民主化、連邦制を求めており、なかにはミャンマーからの分離独立による独自の主権国家の樹立を目指しているものもある。一方で、主として自らの領土や影響圏の拡大を目指すグループも存在する。
軍が敗北するか、あるいは影響力のある地位から退いた後の時代を見据えた、「戦後の国家」や「軍事政権後のミャンマー」に関する議論がすでに始まっていることを意識するのは非常に重要である。関係者は、国の資源に対するより大きな支配権、議会におけるより公平な代表権、そして少数民族が居住する州により多くの決定権を与える真の連邦制を求めている。こうした要求は、ミャンマー独立後の交渉、すなわちパンロン協定(Panglong Agreement)に基づくビルマ連邦(当時の国名)の形成過程においてすでに提示されていたものである。2016年以降、アウン・サン・スー・チー(ASSK)氏率いるNLD政権下で開催されたパンロン平和会議で再び取り上げられ、現在も引き続き主張されている。
当然ながら軍事政権には別の計画がある。軍事政権は2025年11月に予定されている総選挙の前に、自らを正当化するための国勢調査を実施するだろう。[xxiv]しかし、軍が現在支配しているのは国土の半分にも満たないという事実を別にしても、国民の大多数はすでに、軍のいない未来と国家体制の全面的な再構築を思い描き始めている。軍事政権下で行われる選挙が、公平かつ自由であるはずはない。それなのに、ASEAN諸国も含めた一部の国では、選挙にまつわるこれらの動きをミャンマーとの関係を正常化するための好機として歓迎する可能性があるため、国際社会は警戒すべきである。[xxv]
その一方で、軍はNLDの幹部を組織的に排除しており、拘束中に医療を受けさせないことで、指導部の弱体化を図っている。年配の指導者のうち4人はすでに死亡し、さらに3人が収監されている。解任されたアウン・サン・スー・チー(ASSK)氏の上級顧問であったウー・ニャン・ウィン(U Nyan Win)氏は、ヤンゴンのインセイン(Insein)刑務所でCOVID-19に感染し、死亡した。幹部で報道官でもあったモニャ・アウン・シン(Monya Aung Shin)氏は、ヤンゴンの拘置所から釈放されてから1か月後に心臓発作で亡くなった。NLDの副党首で元マンダレー管区首相のゾー・ミン・マウン(Zaw Myint Maung)氏は、適切な医療を受けられないまま白血病で死亡した。79歳のアウン・サン・スー・チー(ASSK)国家顧問、71歳のウィン・ミン(Win Myint)大統領、83歳のNLD後援者ウィン・テイン(Win Htein)氏は依然として拘束されており、その健康状態をめぐって国民の間に深い懸念が広がっている。ゾー・ミン・マウン(Zaw Myint Maung)氏の葬儀には、軍による圧力にもかかわらず、約1万人が参列し、最後の敬意を捧げた。
ドイツは、欧州および国際的なパートナーと共に、開発協力を通じてミャンマーの段階的な政治改革と開放を支援してきた。とりわけ、全国停戦合意に基づくパンロン平和会議を後押しし、理想的には国民和解につながることを期待してきた。
NLD政権下での短期間の開放が、人々に民主主義と自由の理念を深く根付かせたことは印象的である。その影響は2021年の軍事クーデター後に顕在化し、当初の市民的不服従運動や街頭での広範な平和的抗議から、人民防衛隊(PDF)の設立や少数民族武装組織間の同盟の形成に至るまで、さまざまな反応を引き起こした。
紛争の解決は、まず第一に近隣諸国によって推進されなければならないが、国際社会にも、次第に忘れ去られつつあるこの紛争への関心を喚起する責任がある。クーデターから時間が経過するほど、ミャンマーがガザやウクライナほど注目されない「静かな紛争」と化す危険性は高まっている。それでもなお、この紛争は、バマー族および少数民族の双方を含む国民全体に計り知れない苦しみをもたらしており、その将来は軍事政権の妥協を許さない姿勢によって閉ざされたままなのである。
本稿は、コンラート・アデナウアー・シュティフトゥング(KAS)により2024年12月16日発行された『Auslandsinformationen(海外情報)』第4版『Unterm Radar. Die verdrängten Krisen der Welt(死角となって忘れ去られた世界の危機)』の中で書かれたドイツ語の記事『Zur politischen Lage in Myanmar – Das Land gegen das Militär(ミャンマーの政治情勢 ― 軍政に立ち向かう国民)』を日本語に翻訳したものである。
注・参考文
[i] 国連 2024年:Incredible brutality‘ prevalent in battle for Myanmar, Länderbericht「ミャンマーの戦闘で蔓延する『信じられないほどの残虐行為』(仮訳)」、国別報告書、2024年8月13日、https://ogy.de/2ov4 [2024年8月28日閲覧] The Straits Times (ザ・ストレーツ・タイムズ)2024: War crimes escalating in Myanmar: UN investigators「ビルマで戦争犯罪が激化」(仮訳):国連調査官、2024年8月13日、https://ogy.de/40uz [2024年8月21日閲覧]
[ii] 国連 2024、口上書1
[iii] The Straits Times (ザ・ストレーツ・タイムズ)2024、N. 1
[iv] 国連 2024:Myanmar: Unbearable levels of suffering and cruelty, Länderbericht「ミャンマー:耐え難いほどの苦しみと残虐行為」(仮訳)国別報告書、2024年3月1日、https://ogy.de/2rjk [2024年9月3日閲覧]
[v] 政治犯支援協会(ビルマ)Assistance Association for Political Prisoners (Burma) 2024: Daily Briefing since Coup「クーデター以降のデイリーブリーフィング」(仮訳)、2024年9月2日、https://ogy.de/h2kq [2024年9月3日閲覧]
[vi] 世界銀行 2024: Myanmar Economic Monitor, Livelihoods under threat「ミャンマー経済モニター:脅かされる生計」(仮訳)、2024年6月、https://ogy.de/ry4q [2024年9月3日閲覧]
[vii] Thein, Htwe Htwe / Gillan, Michael 2024: Poverty and conflict cripple Myanmar’s post-coup economy「貧困と紛争がクーデター後のミャンマー経済を麻痺させる」(仮訳)、政策ブリーフPolicy Brief、イースト・アジア・フォーラムEast Asia Forum (EAF), 2024年2月27日、https://ogy.de/9yjz [2024年8月27日閲覧]
[viii] Holmes, Robert 1967: Burmese Domestic Policy「ビルマ国内政策」: The Politics of Burmanization「ビルマ化の政治」(仮訳), Asian Survey(アジアン・サーベイ), 7: 3, 188–197頁
[ix] Non, Mi Kun Chan / South, Ashley 2024: Don’t fall for the fake election in Myanmar「ミャンマーの偽の選挙に騙されるな!」(仮訳)EAF、2024年10月11日、https://ogy.de/dijr [2024年10月16日閲覧]
[x] Hein, Ye Myo 2024: Myanmar’s Resistance Is Making Major Advance「ミャンマーの抵抗運動は大きな前進を遂げている」(仮訳)、United States Institute of Peace(アメリカ平和研究所)、2024年8月14日、https://ogy.de/00em [2024年8月27日閲覧]
[xi] Strangio, Sebastian 2024: Myanmar Resistance Forces Launch Drone Attack on Capital「ミャンマーの抵抗勢力、首都にドローン攻撃を実施」(仮訳), The Diplomat(ザ・ディプロマット), 2024年4月5日、https://ogy.de/zicq [2024年8月5日閲覧]
[xii] Hein 2024, N. 10
[xiii] The Economic Times(エコノミック・タイムズ)2024: Myanmar confirms that a key northeastern city near China has been seized by an armed ethnic alliance「ミャンマー、中国に近い北東部の主要都市が武装民族同盟に占領されたことを確認」(仮訳)2024年1月6日、https://ogy.de/xil5 [2024年8月22日閲覧]
[xiv] The Straits Times (ザ・ストレーツ・タイムズ)2024: Myanmar military denies junta chief Min Aung Hlaing detained by generals「ミャンマー軍事政権、ミン・アウン・フライン(Min Aung Hlaing)最高司令官が将軍たちに拘束されたことを否定」(仮訳)2024年8月14日、https://ogy.de/ym8y [2024年11月21日閲覧]
[xv] Lim, Paul 2024: Myanmar’s Revolution at Crossroads: Attrition, National Rebirth or Disintegration?「ミャンマーの革命は岐路に立つ:消耗、国家の再生、それとも崩壊?」(仮訳)The Irrawaddy(ザ・イラワディー)、2024年8月2日、https://ogy.de/79z9 [2024年9月1日閲覧]
[xvi] Kurlantzick, Joshua 2024: The Myanmar Army Could Actually Collapse – But Are the United States and Other Powers Ready for Such a Scenario?「ミャンマー軍は実際に崩壊する可能性がある – しかし、米国やその他の大国はそのようなシナリオに備えているのか?」(仮訳)Council on Foreign Relations(外交問題評議会)、2023年11月30日、https://ogy.de/ic58 [2024年8月15日閲覧]
[xvii] Tan, Rebecca 2024: Myanmar military unleashes drones to counter rebel advances「ミャンマー軍、反乱軍の進撃に対抗するためドローンを投入」(仮訳)The Washington Post(ワシントン・ポスト)2024年10月12日、https://wapo.st/40xrxPa [2024年10月16日閲覧]
[xviii] State Administration Council(国家行政評議会) 2021: Press Release on ASEAN Leaders’ Meeting ASEAN (ASEAN首脳会議に関するプレスリリース)The Global New Light of Myanmar(グローバル・ニュー・ライト・オブ・ミャンマー)、2021年4月26日、https://ogy.de/y1o2 [2024年8月25日閲覧]
[xix] Peck, Grant 2021: Envoy aborts visit to Myanmar, straining ASEAN relations「特使がミャンマー訪問を中止、ASEAN関係に緊張」(仮訳), AP通信(Associated Press), 2021年10月15日, https://ogy.de/6leu [2024年8月29日閲覧]
[xx] このサミットには、民主主義国家であるインドネシアがNUGの参加を支持することが期待されていたため、大きな期待が寄せられていた。
[xxi] Saksornchai, Jintamas / Ng, Eileen 2024: Southeast Asian leaders meet in Laos to discuss Myanmar war and disputed sea「東南アジア首脳、ラオスで会合-ミャンマー内戦と係争海域を協議」(仮訳), AP通信(Associated Press)、2024年10月9日, ihttps://ogy.de/ntn1 [2024年10月14日閲覧]
[xxii] The Straits Times (ザ・ストレーツ・タイムズ)2024: ASEAN summit urges end to Myanmar violence but struggles for solution「ASEAN首脳会議、ミャンマーでの暴力終結を要求するも、解決策は見いだせず」(仮訳), 2024年10月9日、https://ogy.de/lp6p [2024年10月14日閲覧]
[xxiii] Ng, Darrelle 2024: Progress on key issues remains slow as ASEAN summit concludes: Analysts 「ASEAN首脳会議が閉幕、主要課題の進展は依然として進まない:アナリスト」(仮訳)Channel News Asia(チャンネル・ニュース・アジア)、2024年10月11日、https://ogy.de/v3my [2024年10月16日閲覧]
[xxiv] 軍事政権は、これによってまず、自らが国を掌握していることを示そうとしている。また、少数民族に不利となるよう、結果を操作しようとする可能性も高い
[xxv] Non / South 2024、N. 9。